勝海舟 明治維新150周年(2018年)を前に都内ゆかり場所整理 with 祝・NHK大河ドラマDVD発売(2016年12月22日)


勝海舟(1823~1899)が歴史上人物で最も好きで既にこのブログでも何度か登場している。そのきっかけとなった1974年のNHK大河ドラマ『勝海舟』のDVDが12月に発売となる。これを期に、勝海舟都内ゆかりの場所の整理をスタートさせた。

NHK大河ドラマ「勝海舟」DVD発売(2016年12月22日)

勝海舟(1823~1899)が歴史上人物で最も好きで既にこのブログでも何度か登場している。そのきっかけが、倉本聰脚本の1974年のNHK大河ドラマ『勝海舟』で、作品自体と松方弘樹の演技が忘れられない(渡哲也が病気となり第10回から)。海舟の父、勝小吉を尾上松緑、妻たみを丘みつ子、坂本龍馬を藤岡弘、岡田以蔵を萩原健一と、まだ小学校6年で幕末の何たるかを十分に分からないながらもしっかり記憶に残っている珍しい経験だ。

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人物評価本等出ているが、自分にとっては、実際に童門冬二氏の『勝海舟の人生訓』で書かれた人物像が重要で勉強になった。その参考本にあった『氷川清話』、『海舟座談』他関連本も多く読んだ。

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大河ドラマつながりでは、「祝・2018年NHK大河ドラマ『西郷隆盛』(題名は?)で堤真一が主演内定!?、勝海舟はどなたに?」(その後、『西郷どん』が発表されたが主役は鈴木亮平)」を取り上げたが、西郷隆盛は1990年にも「翔ぶが如く」で主役となっている。2013年の『花燃ゆ』を例に出し幕末ものは視聴率が取れないとも書いてあったが、2008年の『篤姫』は高視聴率番組であった。

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勝海舟都内主要ゆかりの地整理スタート(今後追加添付していく)

以下、港区のゆかりの地(薩摩藩蔵屋敷跡、薩摩藩上屋敷跡、薩摩藩高輪藩邸跡、愛宕神社、勝海舟邸跡、赤坂氷川神社)、墨田区のゆかりの地(勝海舟生誕の地、牛島神社)、中央区のゆかりの地(軍艦操業所跡)と自分が行ったことがある場所を整理した。

薩摩藩蔵屋敷跡

最近取り上げたばかりの「薩長同盟150周年 都内で幕末維新ウオークラリー(2016年10月15日開催)」という山口県・鹿児島県が企画したイベントで立ち寄り先の1つに入っている(事前申し込みは昨日締め切り)。因みにそのコースは以下の通り。

■コース:迎賓館赤坂離宮清水谷公園憲政記念館工部大学校跡⇒江藤新平君遭難碑⇒乃木将軍由縁地⇒愛宕神社青松寺⇒安養院⇒芝公園(昼食)⇒薩摩藩上屋敷跡⇒若松屋(東京港醸造)⇒薩摩藩蔵屋敷跡⇒本芝公園

第一京浜(旧東海道)沿いで、田町駅から浜松町駅方面に向け徒歩2分の所にある、お騒がせの三菱自動車本社(港区芝5-33-8)は、勝海舟西郷南洲(隆盛)による「江戸開城会見の地」として有名な薩摩藩蔵屋敷跡にある。官軍による江戸城総攻撃の計画を、両者の会談により食い止め、1868年の江戸時代末期に江戸無血開城につながった。

江戸開城
薩摩藩蔵屋敷跡。江戸開城。
薩摩藩蔵屋敷跡。三菱自動車本社。
薩摩藩蔵屋敷跡。三菱自動車本社。左済に上記の江戸開城の碑がある。

薩摩藩上屋敷跡
中心はNEC本社(港区芝5-7-1)の北側にある三井信託銀行芝営業部(港区芝3-33-1)とセレスティンホテル(港区芝3-23-1)の部分であったが、屋敷跡はNEC本社の北側にある。3つの建物とも、日比谷通りを第一京浜・田町駅に向かって右側にある(「プラウド芝公園と日比谷通り周辺」で取り上げたあたり)。
 
2008年NHK大河ドラマ『篤姫』でも記憶に新しい天璋院篤姫が13代将軍徳川家定に輿入れする際にも、まず最初に、この上屋敷に入った。安政の大地震で被災したため、嫁ぐ前に渋谷の下屋敷(薩摩藩下屋敷跡、現常陸宮邸)に移った。篤姫の輿入れ係をつとめたのが西郷隆盛だ。幕末には、この上屋敷に篤姫の養父島津斉彬も住んでいた。
 
江戸薩摩藩邸の焼討事件は、薩摩藩が江戸市中取締の庄内藩屯所を襲撃した為、幕末の慶応3年12月25日(1868年1月19日)、江戸市中取締の庄内藩新徴組らによって襲撃され、砲火により焼失した事件である。この事件からの一連の流れが戊辰戦争のきっかけとなった(詳細は添付)。この上屋敷が焼き討ちされたので、上記の「江戸開城会見の地」が蔵屋敷となった。
 
 
薩摩藩上屋敷跡
薩摩藩上屋敷跡。NEC本社の北側わきにある。
NEC本社ビル
NEC本社ビル
セレスティンホテル、三井住友信託銀行芝営業部、NEC本社
日比谷通りの裏側。写真左からセレスティンホテル、三井住友信託銀行芝営業部、NEC本社。全て合わせても薩摩藩上屋敷跡の一部。
日比谷通り
日比谷通り。左側が戸板女子短期大学、右側がセ三井住友信託(先)とセレスティンホテル(手前)。先が第一京浜、田町方面で右側にNECがある、手前は芝公園方面。

薩摩藩高輪藩邸跡

順番は逆になったが、江戸無血開城に向けての第1回会談はここで行われた。藩主を除いた隠居屋敷だったようだ。現在はこのブログでも取り上げたシナガワGOOS(旧ホテルパシフィックメリディアン東京)がある(「高輪 山手線新駅・品川駅再開発(3)京急」)。品川駅高輪口前第一京浜沿いにある。

京急GOOS
京急GOOS
愛宕神社(港区愛宕1-5-3)

上記のウォークラリー当時は愛宕神社がある愛宕山は江戸の街を一望できた。 西郷と勝がここから江戸の街を眺め、戦火で包むことは避けようとはなしあったとも言われている。江戸では一番見晴らしのきくところであった。現在では、当時を偲ぶこともこともできないほど高いビルで埋まっており、眺望はまったくきかない。

出世の石段にまつわる話は有名だ(詳細は添付)。水戸浪士の「桜田門外の変」の時の集合場所であるとか、浮世絵にもよく画かれる場所で、歴史的価値と、江戸の人々に愛された場所であることが解ります。愛宕神社(愛宕山)山頂には、三角点が有り、石をなでると福を招く、招き石などもある。

女優の杏さんと俳優東出昌大さんが愛宕神社で挙式された。

愛宕神社
愛宕神社。出世の石段。
 勝海舟邸跡(港区赤坂6-10-39)
勝海舟が1859年から1868年(明治元年)まで住んだ。赤坂には3度住んだが、最も充実していた時期だ。咸臨丸での渡米もここから出発。坂本龍馬も訪れている。赤坂氷川神社の麓ぐらいまでが屋敷だった。
元氷川坂下にあるが、坂を上り六本木方面に向かう途中に、ブログ内不動産カテゴリーで取り上げた「プラウド六本木 vs 東急不動産・オリックス不動産・大京マンション建設予定地」がある。
 
近所(赤坂6-6-14)に明治維新後(静岡に住んだ後)の1872年から亡くなる1899年まで住んでいた跡があるが、氷川小学校を経て、現在港区立特別養護老人ホームになっている。1688年~1704年、赤穂藩浅野家屋敷だったが、江戸城松之廊下での刃傷事件で召し上げとなった。
 
勝海舟夫妻のお墓は洗足池湖畔(大田区南千束2-2)にある。
 
ソフトタウン赤坂
現在はソフトタウン赤坂という建物
 
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説明板
説明板
赤坂氷川神社(港区赤坂6-10-12)

この神社に遷座した古呂故(ころこ)稲荷、地頭(じぬし)稲荷、本氷川(もとひかわ)稲荷、玉川(たまがわ)稲荷を合わせて「四合(しあわせ)稲荷」と名付けたのも勝海舟である。『氷川清話』という海舟の語録もある。幕末の三舟 – 勝海舟、高橋泥舟山岡鉄舟がそれぞれ「氷川神社」と認めた掛け軸が所蔵されている。

浅野土佐守邸跡(浅野長矩の夫人 瑤泉院の実家)もここにあった。

氷川神社
氷川神社本殿
氷川神社社殿説明板
氷川神社社殿説明板
氷川神社ご神木
氷川神社ご神木
勝海舟邸跡はこの坂の下にある
勝海舟邸跡(1859年~1868年)はこの坂の下にある
元氷川坂。左側が氷川神社。
本氷川坂。左側が氷川神社。

以下は墨田区のゆかりの地

勝海舟生誕の地(墨田区両国4-25-3)

順番は逆だが、1823年に生まれた本所亀沢町の生誕の地は両国公園内にあり、石碑(幼名麟太郎、蘭学海洋術を学び幕府の軍艦咸臨丸の艦長を務めた等刻まれている)や説明書きなども見れる。父・小吉の実家である男谷家があった場所で、小吉は勝家に養子として入っていた。 その後、海舟が7歳の時に本所に居を移すが、それまではここで暮らしていた。

両国公園
両国公園
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 牛嶋神社(墨田区向島1-4-5)
言問橋のたもと、隅田公園に隣接する本所地区の総鎮守。 かっては桜橋のたもとあったが、関東大震災後に現在の地に移された。 境内にある「撫で牛」は、体の悪い部分と同じ場所を撫でると治癒すると伝えられており、私も一度行き撫でてきた。勝海舟が本所で暮らしていた頃、境内で剣術の修行に励んでいたという言い伝えが残る。写真はなし。
 
弘福寺(墨田区向島5-3-2)では19歳の時から禅の修行を積んでいる。まだ行ったことがないので、近いうちに行ってみたい。
勝海舟銅像
墨田区の区役所前のうるおい広場の緑地内に建っている。日展作家の木内禮智により、2003年、建てられた。足元からは、東京の新名所「東京スカイツリー」が眺められ、絶好のビュースポットとなっている。桜を入れたので像が小さくなってしまった。また撮り直したい。
 
勝海舟銅像
勝海舟銅像
 以下中央区のゆかりの地
軍艦操業所跡(中央区築地6-20)
添付写真の説明書きが、晴海通りの築地6丁目交差点の信号のそばに設置されているのみ。築地中央卸売市場の勝鬨門駐車場の前にある(「築地 東京中央卸売市場跡地再開発(8)外国人居留地、蘭学塾(福沢諭吉)、軍艦操練所」)。
 
ペリー来航以降、海防の重要性に気づいた江戸幕府が開設した軍艦の操艦等に関する教育のための施設で江戸末期には、海軍奉行が置かれ、勝海舟も海軍奉行に名を連ねている。
築地市場駐車場
築地市場駐車場
 
軍艦創業所跡
軍艦創業所跡
 

#幕末には江戸に薩摩藩邸は最低6か所あったと言われており、全ては海舟ゆかりかは要チェックだが、今回整理した3か所以外には薩摩藩旧上屋敷、薩摩藩抱(かかえ)屋敷、薩摩藩下屋敷跡(常陸宮邸)がある。

薩摩藩旧上屋敷は千代田区内幸町1丁目にあり、このブログでもジョサイア・コンドルつながりでよく取り上げる鹿鳴館がその後建てられ、帝国ホテル隣のNBF日比谷ビル(旧大和生命ビル)となっている(旧岩崎邸庭園 建築120周年記念イベント開催、ジョサイア・コンドルが主役!)。

薩摩藩抱(かかえ)屋敷は白金台1丁目にあり、現在は結婚式場で有名な八芳園になっている。私も桜を観に行ったり、中のカフェに行ったりする場所だ。明治学院大学、シェラトン都ホテル東京とも近接している。「中古、2016年7月24日、グランドヒルズ白金台 vs パークハウス代々木公園」の前者は八芳園を見下ろせる。

 

薩摩藩下屋敷跡(常陸宮邸)は篤姫が輿入れしたところだ。「新築、2016年10月14日、グランドメゾン表参道 vs ブランズ渋谷常盤松」で取り上げた後者が向かいにある。

以下、「明治維新150周年の2018年 政府が記念事業を検討、個人的にはスタートしてる」の中でほぼ網羅しているブログ内記事

ブログ内勝海舟関連(上記添付含む)

その他のブログ内徳川家関連・幕末関連と150周年関連

2016年 150周年事象とイベント」を作ったきっかけは、日伊国交樹立150周年を知り、調べてみると多くの150周年が見つかったためだった。さらに意識するようになったのは、150周年をたどることは、明治維新(1868年)前後の事象をたどることに他ならないからだ。2017年も故あって早くもスタートしている。

ブログ内幕末・徳川家関連

以下の「大阪夏の陣」関連として

2016年の150周年事象とイベント

2016年 150周年事象とイベント(1)全リスト、(2)~(5)も添付

2017年の150周年事象とイベント

2018年の150周年事象とイベント

  • 明治維新

2019年の150周年事象とイベント