NHK「日本人のおなまえっ!」x 渡辺綱 x 港区三田・綱の手引坂 & 綱坂


2017年10月12日、NHK「人名探求バラエティー 日本人のおなまえっ!」が「わたなべ」を特集。「渡辺の名を冠した平安時代のあるスーパーヒーロー」とは渡辺綱(わたなべのつな)のことだ。

NHK「人名探求バラエティー 日本人のおなまえっ!」で渡辺綱を取り上げる

添付NHKのHPによると、名字ランキング5位の「渡辺」サマ!テーマは、渡辺サマ人口が爆発した“ある驚きの理由”!関わっていたのは、渡辺の名を冠した平安時代のあるスーパーヒーローの存在、とのことだ。

ブログ内「三田 綱の手引坂・日向坂(1)三田と麻布十番をつなぐ道」(2~10も添付)では平安時代の武将源頼光(948~1021)の四天王の一人であり、羅生門の鬼退治で有名な渡辺綱(わたなべのつなが付近に生まれたという伝説を取り上げていた。

冒頭写真は三代歌川豊国(歌川国貞)による江戸名所シリーズのうちの1枚。渡辺綱ゆかりの三田界隈を紹介。歌舞伎役者「中村芝翫」演ずる渡辺綱と丈の屋号「成駒屋」の祇園守の紋が配されている。詳細は當光寺のHPに詳しい。「渡辺綱」が晩年をこの地で過ごしたとも伝わっている。

以下、渡辺綱(わたなべのつな)にまつわる名称となっている「綱の手引坂」と「綱坂」についての整理だ。

綱町三井倶楽部と大銀杏
頂上の綱町三井倶楽部から綱の手引坂方面
當行寺
當行寺

綱の手引坂

三田と麻布十番をつなぐ綱の手引坂・日向坂は山手線内側にも関わらず大通りでないため、適度に閑静で、気品のあるレトロな雰囲気が維持され、一歩踏み入れると空気感ががらっと変わる。三田・麻布十番の両方に近く生活利便性も申し分ない。北側が三田1丁目、南側が三田2丁目23区内総面積の3.1%しかない第一種文教地区に指定されている。

綱の手引坂は三田側桜田通り(国道1号線)から、三田1丁目信号を東京タワー方面に向かって左折し、北側の三田国際ビル、都立三田高校、赤羽小学校、南側のイタリア大使館(道には面していない)を通り、坂頂上(北側の旧簡易保険事務センター、南側の綱町三井倶楽部)に至る。頂上から麻布十番側に下る日向坂については今回割愛する。

綱町三井倶楽部は上野池之端にある旧岩崎邸庭園が、鹿鳴館(帝国ホテル隣のNBF日比谷ビル、旧大和生命ビル)の設計者として有名なイギリス人建築家ジョサイア・コンドルの設計による建物だ。

綱の手引坂1

綱の手引坂1
綱の手引坂。桜田通り(国道1号線)から頂上に向けて撮影。頂上の綱町三井倶楽部前にシンボルツリーの大銀杏が聳える。
頂上から綱の手引坂方面
頂上から綱の手引坂方面。左側が旧簡保事務センター、右側が綱町三井倶楽部。
頂上から日向坂方面
頂上から日向坂方面。左側は綱町三井倶楽部。

綱坂

東側がイタリア大使館、西側が綱町三井倶楽部で、綱の手引坂と同様、羅生門の鬼退治で有名な渡辺綱(わたなべのつな、953~1025)という源頼光の四天王の1人に由来。この付近に産湯をつかった井戸があったとのこと。風情ある美しい坂ですが、約150年前の写真と比較すると、一層感慨深い。

有名な『新訂版 タモリの坂道美学入門』の港区の坂の中に、綱坂三田 綱の手引坂・日向坂(5)綱坂と神明坂)が入っており、同じ由来の綱の手引坂をはじめ、日向坂、神明坂、イタリア大使館などが言及されている。中でも、綱町三井倶楽部三田 綱の手引坂・日向坂(2)綱町三井倶楽部と旧簡易保険事務センター)には憧れをいだかれていたようだ。

1綱坂

綱坂2
現在の綱坂
綱坂
イギリス人写真家F.ベアトによって文久3年(1863)に撮影された綱坂の写真。右側の屋敷は肥前原藩松平家下屋敷、坂の億左側は島津淡路守上屋敷。

ブログ内主要三田関連


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