隈研吾著「なぜぼくが新国立競技場をつくるのか」 パッションと現状認識による謙虚さが原動力


隈研吾が「なぜぼくが新国立競技場をつくるのか」という本を出版した。先日、「隈研吾事務所大忙し 新国立競技場から三越日本橋本店まで」を書いたが、以下「なぜぼくが隈研吾が気になるのか」という内容になってしまった。

日経ビジネスオンラインの直近インタビュー記事でも「なぜぼくが新国立競技場をつくるのか」を宣伝

日経ビジネスオンラインが「サハに何度も負けて悟った、我が生きる道」・「建築が”炎上する時代を引き受ける覚悟」(インタビュー記事の途中まで)を発信している。私が興味を持ったのは、「相手を称えながら我が道を行くパッション」と「充分な実績をバックに自分の考えをごり押しせずに、利害関係者の満足度を最大化しようとする謙虚さ」だ。

新国立競技場の場合はサイズ的に実績がないとしているので当てはまらないことかもしれないが、隈氏が誇るこれまでの実績をサポートしてきた基本的な考え方なのだろうと思う。詳細は新刊を読むとよりクリアになる。

インタビュー記事からの抜粋

ザハの打ち出す建築は、図面や模型で見たときに、「ああ、ユニークですごい!」と、思わされる迫力があります。最近では、台湾の橋のコンペ、それからイタリア・サルディニア島のミュージアムや、イスタンブールのアーバンデザインのコンペでも、ザハに負けています。

ぼくが目指すのは図面や模型ではなく、現実に体験したときに実感できる「質」です。人間の実感に重点を置くからこそ、建物をわざわざ低くしたり、地味な形にしたりします。そこをコンペの図面の段階で理解してもらうことは、簡単ではありません。でも、ザハ・ハディッドというきわめてパワフルな建築家とコンペで対戦したからこそ、「自分の道」をつきつめることの大切さが、あらためてわかったのです。ぼくはぼくの道を行くべきなのだ、と。

もはや建築プロジェクトは、世界中で“火中の栗”なんです。税金のムダ遣いであるとか、環境破壊であるとか、常に厳しい批判が市民から寄せられています。


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