ギャップ萌え ピコ太郎のプロデューサー古坂大魔王 vs 出川哲郎


ギャップに魅かれやすいというのは、多くの方々が経験されていると思う。出川哲郎は2012年に放映されたNHK「ファミリーヒストリー」や2014年頃から出回っている「曾祖父や大叔父が財界の大物」といった話は先日取り上げた。ピコ太郎のギャップは違うタイプだ。一発屋ではないのは間違いないようだ。

ピコ太郎のプロデューサー古坂大魔王のギャップぶり

「PPAP」(ペンパイナッポーアッポーペン)」で大ブレイク中の「ピコ太郎」の素性について添付NEWポストセブンの記事が面白い。以下、特にユニークな点を抜粋した。くりーむしちゅーの上田晋也などはかなり仲が良いようだ。

  • 1992年にデビューし、くりぃむしちゅーと同期の芸人だったが、鳴かず飛ばずの状態が続く中、2003年に一旦芸人の活動を休止し、テクノを中心とした音楽家になった。新たなる才能の一片が開花。鈴木亜美やAAAの楽曲のリミックスを担当したり、人気ゲームやアニメの曲の作詞・作曲・リミックスを手がけたりするようになる。
  • お笑いと音楽の融合──そこで古坂が“プロデュース”したのが「ピコ太郎」だった。
  • 古坂くんは3人兄弟。3才年上の兄は銀行員で、4才年下の弟は東大を出て大学教授(知人)
  • ピコ太郎には金ピカ昭和風の衣装を着せていますが、実はオシャレ。ハットやメガネ、デニムにこだわりがある。しかも、身長は185センチぐらいあってシュッとしてるからとにかくモテます。今人気の女優Aといい仲だったなんて噂も…(芸能関係者)
  • 「芸に厳しいことで知られた故・立川談志師匠です。師匠は古坂に“お前、すごいな”と声をかけ、自宅に招いて酒を振る舞いながらお笑い談議に花を咲かせたそうです」(お笑い関係者)#別の記事より。

出川哲郎にギャップ萌え!? ヤクルトスワローズがらみで村上春樹関連、渡辺謙とはまだ?

以下、添付ブログ内記事から抜粋。

2013年、村上春樹ヤクルトスワローズ「SWALLOWS CREW」の名誉会員就任について出川哲郎は自信のブログで、「名誉会員の就任は、俺に続いて2人目だ。おそらくニュースを読んだ方は、全員が突っ込んだ事だろう。何で俺が1人目で、村上春樹が2人目なんだと?順番が違うだろと?正直、ニュースを読んだ俺の方が驚いただが、そんな所もヤクルトらしくていいじゃないか・。俺も、リアルガチのヤクルトファン。村上春樹さんも、リアルガチのヤクルトファン。本の難しい話は出来無いが、ヤクルトの昔話なら出来る。いつか一緒にヤクルト戦を観戦したい。」と書いていた。

一方、就任と同時にエッセイを寄稿し、その後も続けている村上春樹だが、2015年、「僕はテレビをほぼ見ないので、出川哲朗さんという方のことは、失礼ながら存じ上げません。すみません。」という 衝撃的!?なニュースが駆け巡った。その後2人は何かで交わることはあったのだろうか。

アンジャッシュ児島一哉の一軒家(目黒30坪土地)購入、恵俊彰の両親からの信頼回復とNHK大河ドラマ・朝ドラの関係」で恵俊彰がNHK「ファミリーヒストリー」に出演した際、1997年のNHK大河ドラマ「毛利元就」に出演したことで、芸能人としての価値を少しづつ認めてもらえるようになったと語っていたことも印象的だった、と書いたが、出川哲郎も出演していたことを思い出した。

2012年、「出川哲朗~創業118年のり問屋を守る家族の絆~」(詳細は添付)という題名で放映され、「実家は横浜の老舗のり問屋で、時間がある時は販売を手伝っている。体当たり芸でバラエティ番組に欠かせない存在となっている出川哲朗は、母の死をきっかけに家族の大切さを感じるようになった。」という内容になっている。

デイリースポーツなどによると、2014年には、TBS「さんまのスーパーからくりTV」で、出川の曾祖父三鬼鑑太郎氏は、宮沢賢治の名作「銀河鉄道の夜」のモチーフとなった「岩手軽便鉄道」(後のJR東日本釜石線)の社長だったことが分判明。衆議院議員も務めた。

その息子で出川の大叔父にあたる三鬼隆氏は八幡製鉄の初代社長で日本製鉄の社長も務めた財界の大物であったことも判明。隆氏は日本経営者団体連合会(経団連の前身)の2代目会長も務めた。隆氏の息子の彰氏も新日本製鐵の会長を務めた。

ヤクルトスワローズの親会社ヤクルトのCMは長い間渡辺謙が出演している。出川哲郎のさらなる大物とのからみが、どんな形であれ楽しみだ。